鮮明に覚えているものだけね

夢。
私、よく「続きもの」の夢をみる。眠っている筈の私の意識が「ああ、これはこの間始まったあのシリーズの続きだな」などと考えている。
夢のストーリーを、自分で考え創り出しているという自覚もある。もっと先を知りたいと感じるような夢の場合、例えば朝が来て浅くなった眠りの中であっても、私は「夢をみ続ける」事を自らの意志で選択している。現実での他人の声と、夢の中の非現実な会話を、同じ音声として平行して聴き取っている。2つの物語(一方は現実)は決して交わらない、個々で独立したものだ。たいていの場合は現実の引力に負けて目覚めてしまうが、時には殆ど力づくといってよいやり方で、‘夢の続きに参加する為だけに’再度眠りに落ちる、落ちようとする自分がいる。
もしかしたらこれらは全て錯覚かも知れないが。
また、世の中の人々にとって当然とされている事なのかも知れないが。


〔昨夜の夢メモ〕
私は海で溺れている。(これは最近海で泳ぎ、しかも海水のしょっぱさに閉口したのが印象的であったから妥当)
人は誰もいない。イルカがやってきて私を背に乗せてくれる。私はつるつるしたその背中と、泳ぎのスピードの速さに、振り落とされやしないかとまるで人ごとの様に案じている。それから、神話の一篇と親世代の懐かしい曲を思い出し、おお私はイルカに救われその背に乗っているではないかと少し興奮する。
海は広く果てしない。このままイルカや他の生き物と共に海に暮らすのだなと思う。生の魚をどうやって食べようか(両手はイルカに掴まっている為使えないまま)と考えている辺りがなんとも。
ところがイルカはあっさりどこかの砂浜に着いてしまう。
安堵と不安(この陸地に私はひとり?)が混ざり合い、複雑な心情。ふと手元を見ると、イルカだと思っていたその生き物が、巨大なイトマキエイに変わっていた。そこで初めて、私は声を発する。「      」。何と言ったかは不明。

これは初めての設定。しかも暑くてあっさり目が覚めた。
上で色々綴ったのは、では一体なんだったんだと言われてしまいそうですね。オチ無し。